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原始仏教ガール’s日記

気づけばすっかり仏教徒。 twitter @music_buddha

【インタビュー】彼岸寺に期待を寄せるタイの日本人僧侶、プラユキ・ナラテボーさん

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今回皆さんにご紹介するのは、タイのお寺で出家した、日本人僧侶のプラユキ・ナラテボーさん(本名、坂本秀幸さん)。プラユキさんは上智大学文学部哲学科を卒業されたあと、NGOの活動に関わりながら、タイのチュラロンコン大学・大学院に進学。大学院在学中に、タイの開発僧※1に関する学問的な興味から、タイのお寺で出家をされました。

 
皆さんご存知のとおり、仏教発祥の地はインド。その後、長い年月をかけて、北は中国、韓国、日本へ。南はスリランカから東南アジアへと、仏教は広範囲に伝えられ、グローバルな教えとなりました。北側ルートを通って伝えられた仏教は、いわゆる大乗仏教と呼ばれているもの。一方、南側のルートを通って伝えられた仏教は、上座仏教、テーラワーダ仏教などと呼ばれているもの。黄土色やオレンジ、小豆色の衣を着ていらっしゃる上座仏教のお坊さんの姿を、写真などで見たことがある方もいらっしゃるかもしれません。
 
黄土色の衣をまといタイを拠点に活動するプラユキさん、近年は日本語でのご著書も多数出版されており、雑誌『松下幸之助塾』(PHP研究所)では経営者向けに連載記事を持つなど、仏教をベースとした知恵を、日本の人たちに積極的に伝えてくださっています。2015年4月に発売された『サンガジャパンVol.20 特集テーマ:これからの仏教』(サンガ)にも、南直哉さんや松本紹圭さんともに、今後の仏教を支えていくお一人としてご登場されました。
 
日本仏教には様々な宗派が存在しますが、タイの仏教には宗派というものはないのだそう。したがって、「超宗派仏教徒によるインターネット寺院」と銘打つ彼岸寺のお坊さんたちとは、共通点があるのだそうです。プラユキさんの飾らないお話をぜひお楽しみください。
 
※1 開発僧とは、人々が直面している現実の社会問題に目を向け、仏教的な教えをもとにしてそれらの問題に取り組んでいこうとしている僧侶たちのこと。
 
 
 
----今日はどうぞよろしくお願いします。タイで出家して27年になるということですが、すごく長い年月ですね。タイでは、プラユキさんのように長年お坊さんを続けられる方が多いのでしょうか?
 
タイで出家して27年になります。長かったような、短かったような......(笑) 最初は3か月間の予定でしたので、「タイで一生お坊さんをやるぞ!」という決意はまったくなかったんですよね。目の前に現れるその時々の課題に取り組んでいるうちに、気づいたら27年が経っていたという感じです(笑)
 
タイではお坊さんを27年も続ける人というのは、それほど多くはありません。数パーセントしかいないと思います。タイでは公務員は有給の「出家休暇」が3か月もらえます。
 
 
----出家休暇ですか!
 
はい。一番修行に専念できる雨安居※2の期間がちょうど3か月間なので、その期間だけ出家する人も多いんですよ。一般企業だと出家休暇は1か月から3ヶ月とまちまちですね。また、親や身近な人が亡くなったときに、追善回向のためにお葬式の数日間だけ、一時出家するという方もいます。その場合、期間が短いので、仏教や瞑想の勉強を本格的に行なうとまではいきませんが、ちゃんと頭も丸めますし、とりあえずそういった一時出家もありますね。
 
※2 安居とは、一定期間、一カ所に集って僧侶が集団生活をしながら修行することやその期間のことをいう。南方のテーラワーダ仏教諸国では雨季の3ヶ月間がこの期間にあたり、「雨安居」と呼ばれる。
 
 
----タイでは出家したり還俗したりが、わりと自由だと聞きました。
 
自由ですよ。ただ、還俗して、再び出家する人は実際あまりいません。3か月とか数年とか、お坊さんをやって、還俗して社会に戻られる方が多いですね。
 
あと実際のところ、外国人がタイで出家するとなると、出家儀式の際のパーリ語の長い文句を暗記しなければならなかったり、その他ビザ取得の問題や後見人が必要になるなど、意外とハードルが高いんですよね。テレビでたまに芸能人がミャンマーやタイで数日間出家したりするシーンがありますが、あれは正式な比丘出家ではなく、沙弥出家を簡略な形でやってもらってるんですよね。
 
 
----プラユキさんが以前、法話会で「彼岸寺のお坊さんがタイの開発僧に似ているところがあって、注目しているのですよ」とおっしゃっていました。それがずっと気になっていたのですが、具体的にはどのあたりが似ていると感じたのでしょうか?
 
一番似ていると思ったところは、仏教的な思想を基盤として、現代のいろいろな問題に対して、自由に、枠にはまらない形で工夫を施したアプローチをしていることですね。タイでも、伝統的なお坊さんのスタイルやお寺のスタイルというものがありますが、開発僧の人たちは、そうした伝統スタイルにはあまりこだわらず、しかし、仏教の基本にはしっかりと立ちつつ、具体的な社会問題解決のためのプロジェクトに携わっています。ちゃんと一般の人の目線で物事をとらえているんですよね。そのへんが非常に似ているように感じています。
 
日本のお寺というと、お葬式に行ったり、お墓参りだったり、そういうイメージがあると思いますが、彼岸寺の活動や記事を見ていますと、とても自由ですよね。仏教用語をまじえつつ、現代の人たちにもわかる言葉で話をしていますし、単なる悟りや極楽往生のためとかではなく、いまを生きる人の困難や課題に目を向け、日常の中でお寺や僧侶ができることを実践しているように感じます。修行をして自分の心の平安を得ることだけにとどまらず、よい社会を作りたい、平和な社会を作っていきたいという、仏教の慈悲的な思想を具現化しようとしているのがいいなと思いますね。それも、自分の檀家さんのため、という枠に留まらず、広く社会に出てアクションされているところとか。要するに、仏教的な考え方、仏教精神にもとづいた活動を、現代の日常的な営みにしっかりと落としこんでいるところに、彼岸寺と開発僧との共通点を感じます。
 
日本には宗派がありますが、タイは宗派がないんですよ。日本は祖師仏教だから、日蓮さんや親鸞さん、道元さんといった祖師がいるわけですよね。祖師の教えを信仰するのが基本で、祖師である先生が選んだ経典を重要視するわけですよね。それがタイの場合は全部ブッダなんですね。ですから、宗派争いとは無縁ですし、お坊さんはどこのお寺に行っても泊まれたりもするんですよ。それは国も超えた文化ですので、同じ上座仏教系のスリランカに行ってもミャンマーに行っても、すぐにつながることができるんですね。彼岸寺さんは宗派のしばりがないというのが新しいですよね。仏教は個人の心の平安にとどまらず、社会の平和を築くにあたっても、大きなポテンシャルをもっていると思うので、ぜひ彼岸寺さんに先導いただいて、教団や宗派にこだわらず、仏教精神を社会問題や生活のさまざまなシーンで活用していってもらいたいですね。
 
 
----お話をうかがっていると、開発僧も彼岸寺のお坊さんたちも、ティク・ナット・ハン師のプラムヴィレッジのスタンスと重なってきますね。枠にとらわれず、それぞれがクリエイティブに覚醒することが大事だと。
 
そうですね、プラムヴィレッジの思想とも共通していると思います。エンゲイジド・ブッディズムというのがありますよね。日本語で言うと「社会参画仏教」ですが、ティク・ナット・ハン師や、その仲間も関わって国際的な活動を展開しているInternational Network of Engaged Buddhists (INEB)という団体があります。わたしの寺の住職パイサーン師はコアメンバーのひとりで、わたし自身もパイサーン師に誘われてINEBの活動に関わってきました。ちなみに、ティク・ナット・ハン師が日本で注目されてきたのは最近ですけど、タイではすでに80年代には師の本が翻訳されて、当時から開発僧や知識人層の間でかなり注目を集めていたんですよ。
 
 
----4月に発売された『サンガジャパン』Vol.20は「これからの仏教」が特集テーマでしたが、巻頭文に「20世紀末から今世紀に掛けて、海外に修行に飛び出した修行者が、今日本に戻り、その成果を花開かせてきている。(中略) また日本にブッダのダンマを伝える役割をになっている。平安、鎌倉時代に唐にわたった僧たちが法を日本に持ち帰ったように、いまテーラワーダ仏教圏からの教えの伝来が起きている」とありまして、これが非常に印象に残りました。プラユキさんご自身はこのことについて、どのようにとらえていますか? 
 
日本に伝統的に根付いているのは大乗仏教ですよね。日本ではテーラワーダ仏教、すなわち初期仏教は長い間、あまり知られていませんでした。昭和になって中村元先生や増谷文雄先生などが、初期仏教を日本に紹介するようになりましたが、しかしそのような先生たちはあくまでも文献学的に初期仏教を紹介していたんですね。それで、初期仏教の内容もある程度は知られてきたとは思いますが、教えの中身がわたしたちの生活に引きつけてわかりやすく紹介されたとは言えませんでした。転機はスマナサーラ長老ですよね。初期仏教が本当にすごいもので、理にもかなっていると。そういったニュアンスが、スマナサーラ長老をきっかけにして、日本で一気に広がってきたわけですよね。苦しみを滅するためのブッダ由来の瞑想法も具体的に紹介され、実際に瞑想に取り組む人が出てきたことも大きな変化だと思います。 
 
ただ、まだまだ一般の人には、ちょっと敷居が高く感じられるところもあるかもしれないですね。教団に属さなきゃいけないようなニュアンスが感じられたりとか。そういう話を、わたしが日本で行っている瞑想会や、個人面談の場で、参加者の方から聞いたことがあります。 
 
とは言っても、瞑想会を開催しますと、「瞑想が初めて」という人が毎回必ず何人かはいますから、日本でも瞑想が徐々に市民権を得てきている感触もありますね。気づきの瞑想がいろいろな面で役立つという理解が、日本の皆さんにも広まりつつあるのだと思います。近年は、初期仏教とマインドフルネスとの接点も話題になっていますが、これからの時代、日常的な悩み苦しみから老病死といった根本苦にいたるまでの解消を図りうる「生きた仏教」が、日本でもより広まっていくのではないかと期待しています。
 
 
----プラユキさんはタイで出家生活を送りながら、日本でも仏教の活動をされていますが、具体的にはどのような活動をされているのでしょうか?
 
タイで出家をして5,6年くらいは日本に帰りませんでした。その後は帰国するたびに、日本のいろいろな大学でお話をしたり、在日タイ人の支援活動をおこなったりしていました。タイ正月が4月にありますので、その時期に来日して、各地を行脚しながら、在日タイ人のサポートにあたる、といったことが中心でしたね。
 
日本人対象の瞑想会も、少しだけやっていました。そのころはわたしのいるタイの僧院に修行に来た方が、日本で知人を呼んで少人数で開催するような、内輪的なものだったんですよね。もともとわたしはあまり公の活動には積極的ではなく、アンダーグラウンド的な活動を好んでいたので、そういう感じで行っていたんです。ところが、2010年に、ある有志の方がmixiで「プラユキ・ナラテボー比丘」というコミュニティーを作ってくださって、それからですね、わりと公に活動するようになったのは。事前の相談もなくいきなりコミュニティーができちゃったものですから、そのときは驚いたんですけど、まあ、わたしはなんでも受け入れちゃうほうですから、「これもご縁か」と受け入れて(笑)、それがきっかけで、公に募集もかけられて大々的に瞑想会をするようになったり、メディアに出るようにもなりました。現在は、有志が作成してくれた「よき縁ネット」( http://blog.goo.ne.jp/yokienn )というサイトの方で、わたしの瞑想会や出版情報などが紹介されています。
 
ここ数年は、帰国すると瞑想会や個人面談を主に行っています。瞑想会や個人面談をやるようになって、日本の皆さんの精神的な悩みが、わたしの耳に入ってくるようになりました。今回の滞在中も十数回、瞑想会を行いました。瞑想会は、東京と関西が多いですが、仙台や、伊勢、名古屋や滋賀、福岡などでもやったことがあります。基本的に主催してくださる方がいれば、どこへでも出かけていって、やらせてもらうというスタイルです。昔は昼間の瞑想会が多かったのですが、最近は、仕事帰りの方にも来ていただけるような、夜バージョンの瞑想会もやっています。
 
私自身タイで仏教を学び、気づきの瞑想を実践して、仏教観が一新されました。仏教は死者のための儀式要綱でもなく、机上の空論でもなく、一部の人だけの悟りマニュアルでもない。だれでもが活用できる苦しみから自由になれる教えであり、日常生活で直面するさまざまな問題解決のヒントを与えてくれる。そういう素晴らしい教えであることを確信できたので、これからもぜひ多くの日本の人たちにブッダの教えのエッセンスをお伝えできればと思っています。
 
 
----ちなみに、プラユキさんは還俗したり、日本でお坊さんになることを考えたりしたことはないのでしょうか? 
 
そうですね、ちらっと考えたことはありましたけど、頭をよぎったぐらいで、具体的に還俗モードになったことはないですね。私の尊敬する井上ウィマラさんはミャンマーでの10 年ほどの出家修行の後、還俗されて、今はセラピー的なワークをやったり、看護や子育てへの応用を説かれたり、すごく自由な感じで仏教のエッセンスを伝えていらっしゃいますよね。ウィマラさんは『サンガジャパン』でわたしの名前を出して「彼はやめないタイプ」とか言ってましたけど(笑)、還俗したら戒律に縛られずに、もっと自由に勉強できるかなと思ったことはありましたね。テーラワーダの僧侶という立場ですと、いろいろと制約があって、自由に好きなところに行って好きな勉強をするというのは難しいところもありますので。 
 
日本での出家についても、実を言うと、かつてそのような話になりかけたことがありました。タイで出家して10年目ぐらいのときだったのですが、京都の禅寺で曹洞宗の老師様と話を交わしたことがあるんですね。その方がわたしをとても気に入ってくださって、そしていつの間にか、わたしが日本でお坊さんをやるという話になってしまったことがあるんですよ(笑) 修行をするお寺を見つけて連絡もとってくださって。そのときは、タイのお寺での役割も増えてきたころでしたから、あとで老師様に「すみません」と謝ったんですけれども。そんなことがありました。外国人でタイでお坊さんをやっていくというのはちょっと不安定な身なんですね。タイの政治状況の影響で実際にビザの更新が難しくなったこともあるんです。それでビザが取れなくなったときのために、日本のお坊さんの資格をとっておいた方がいいかなと考えたこともありました。しかしいずれも本格的に検討したことはないですね。
 
 
----今日は短い時間でしたが、貴重なお話をありがとうございました。次回、日本に来られた際には、ぜひ彼岸寺の読者向けにも瞑想会を開催していただけたら嬉しく思います。
 
はい、次回の一時帰国は11月になると思います。彼岸寺や読者の皆さんとのご縁を今からとても楽しみにしております。今年の年末には新刊が出る予定もあります。楽しみにしていてください。
 
 
 
 
プラユキさんは取材の最中も飾らない笑顔と慈悲のパワーにあふれており、こちらがどんなことを言っても受け止めてくださるという、深い安心感に包み込まれながらのインタビューでした。タイ仏教やプラユキさんのことをもっと詳しく知りたいという方には、『「気づきの瞑想」を生きる』(佼成出版社)がおすすめです。またプラユキさんが脳外科医の篠浦伸禎さんと対談された『脳と瞑想』(サンガ)はわたしが特に好きな本! 最先端の脳医療と仏教の共通点などが、専門家同士の対談の中で深く考察されています。書店でぜひお手にとってみてください。
 
 
 

 

 

※この記事は彼岸寺にも掲載させていただきました。