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【学びレポート】日本マインドフルネス学会は瞑想ブームをどう見ているのか?/第1回大会からの学び

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20141025日(土)と26日(日)の2日間、日本マインドフルネス学会第1回大会が、早稲田大学にて開催されました。今大会のテーマは「さまざまな領域で展開するマインドフルネス」。宗教、スポーツ、産業、矯正、精神医療という幅広い分野からのご発表があり、たいへん刺激を受けました。

 

各テーマの話題提供者は、宗教領域が藤田一照さん、スポーツ領域が坂入洋右さん、産業領域が清水ハン栄治さん、矯正領域が吉村仁さん。精神医療の領域は更に細かく分野が分かれ、「境界性パーソナリティ障害などで感情調節が困難な方への適用」、「慢性疼痛に対する適用」、「不安障害・うつ病に対する適応」、「脳画像による効果の検討」という演題で、5つの病院からのご発表がありました。

 

発表内容のいくつかのポイントや会場の雰囲気などを、この記事でお伝えできればと思います。

 

学会の問題意識

まずは冒頭の基調講演などを通して、学会の持つ問題意識を確認することができました。

  • 今は1970年代以来の瞑想ブーム。
  • しかし、学会の目的はブームを煽ることではない。
  • 1970年代の瞑想ブームは落胆に終わった。結果が出せないと今回も落胆につながってしまう。
  • マインドフルネスの効果があることを証明するのは難しいもの(臨床は、型通りには行かないもの)であるが、エッセンスを抜き出して形にするのが科学の使命。

 

ブームになっていることは学会側も重々承知している、だからこそ、今、着実に研究を積み重ねていくことが大事である、とのスタンスのようです。

 

基調講演をなさった学会理事長の越川房子先生(早稲田大学)は研究者であると同時に実践者もあり、エレガントでマインドフルなお姿には今年も感銘を受けました(昨年12月の設立記念学会で初めて拝見したときの衝撃は忘れられません)。ほかの先生がたやオーディエンスの皆さまも、実践者が多いからでしょうか、全体的にゆったりとマインドフルな雰囲気があり、それがこの学会のひとつの特徴ともいえそうです。

 

ワンポイントメソッドになってしまうことへの危惧

様々な分野の発表を聞いていて感じたのは、マインドフルネスがワンポイントメソッドとして実践されることを危惧している人が、けっこう多いということ。特に強調していたのが藤田一照さん(曹洞宗僧侶)です。

 

マインドフルネスのルーツは言うまでもなくお釈迦様の教えであり、もともとは解脱を目的とするものだった。しかし、アメリカで宗教色が取り払われ、目的が「日常的な問題の解決」へと変化した。日本での今のブームもその潮流にある。その文脈において、non-judgemental(ありのままを見る)と present-centered(今ここ)が強調されすぎると、もともと仏教が持っていた豊かな内実が矮小化されてしまうのではないか、との問題提起をされていました。

 

オーディエンスとして参加されていたキリスト教の神父さんからも「キリスト教の瞑想をずっとやっていたが仏教瞑想をやって感銘を受けている。しかし瞑想は、ワンポイント型ではなく、大きな枠組・目的の中でやったほうがよいのではないか、例えばキリスト教の大目的は愛であるが」といった声があがり、やはり宗教者の気になるポイントは「瞑想のワンポイントメソッド化」なのかなと感じました。

 

解脱から俗世間的価値に文脈がシフトして倫理観が失われると、例えば、マインドフルに銃を撃つ、のような倒錯したことにもなりかねない、そのようなことへの不安があるのかなと思われます。

  

導入すれば自然と慈悲も生まれるはず?

産業(ビジネス)という観点からは、メディアプロデューサーの清水ハン栄治さんが話題を提供されました。冒頭にティク・ナット・ハン師の「企業でも軍隊にでも、要請があればどこへでも指導にいく」という言葉を引用し、「マインドフルネスがビジネスに使われていることに対して批判があるが、正しくマインドフルネスを実践すれば、self-compassion(慈悲の心)も自然と生まれ、人格も向上するはず、だから産業にもマインドフルネスを取り入れる意義はある」という趣旨の発表をされていました。

 

今回、ビジネス分野からは清水さんの発表しかありませんでしたが、ビジネス系のマインドフルネスセミナーが日本全国で開催されるようになってきていますので、来年はいろいろな成果発表が行われるかもしれません。

 

治療者がマインドフルネス実践者であることが大事

精神医療の分野では、マインドフルネスが「全人的な変容」をもたらす可能性あるという期待のもと、実践の試みが積極的になされている様子を知ることができました。と言っても、それはやみくもに取り入れられているのではなく、たとえば「不安障害・うつ病」の患者さんに導入する際は、かなり状態がよくなってきた段階で、薬を減らしていくためのきっかけとなるように導入している、とのこと。「患者さんの状態が安定していると、薬を減らすきっかけがないので、マインドフルネスがいいきっかけになる」のだそうです。

 

心療内科に通院していた友人がかつて、「もう体調も安定しているのに、薬は減らないし、いつになったら通院をやめられるんだろう」と悩んでいましたが、そんな膠着した状況でマインドフルネスが役立つのであれば、患者さんは通院しなくてもよくなり、薬もやめられるのですから、とても素晴らしいことですよね。

 

ちなみに、医療でマインドフルネスを導入する場合、(ビジネスでのマインドフルネス実践などとは異なり)そもそも患者さん自身はマインドフルネスをやりたいと望んでいないので、取り組んでもらうこと自体が実に難しく苦労の連続である、とおっしゃっていたのも印象的でした。

 

いずれにしても医者やカウンセラー本人がマインドフルネスの実践者であることが大前提で、医者やカウンセラー本人が実践の効果を実感していれば、自ずと発言も説得力のあるものになり、患者さんの質問にも的確に答えられるとのこと。治療する人が実践していれば、確かに患者さんの安心感も違うように思います。

 

今後の動き、そして仏教との関わり

マインドフルネスのルーツがお釈迦様の教えである、ということについては、皆さんお話の中でおっしゃっていましたが、「お釈迦様の教えの中で、マインドフルネス(正念)だけが科学の対象として特別にフォーカスされているのは、ちょっとバランスが悪いのではないか」、そう問いかける雰囲気まであったことは、ちょっとした驚きでした。

 

「仏教の八正道のうち、いま焦点を当てているのはマインドフルネスに関わる正念・正定だけだけれども、あとの6つ(正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進)も科学の対象にしていってもよいのではないか」、「わたしたちは原始仏教を学ばねばならない」と締めくくる医療系の発表もあったほどです。今後はマインドフルネスのみならず、ブッダの八正道のエビデンス(効果の証拠)を、科学的に証明していく動きが加速していくのかもしれません。

 

仏教瞑想の本来のエビデンスは「解脱して、苦しみから逃れた人が実際にいる」という事実だと思いますが、それがエビデンスとして機能せず科学にならないのは、解脱した人が「解脱バッジ」をつけておらず、ぱっと見ても誰が解脱した人なのかがわからないからだと思われます。

 

在家の立場からすると、お坊さんは出家したことは公言するのに、それ以降のことは何も言ってくれなくて、寂しい限り。解脱には段階があるので、水泳の帽子みたいに外から見て今何級かがわかるようになっていたらいいのに、と思うこともありますが、僧侶の方が、「ぼく、この前ついに解脱したよ! 1つめのバッジもらった!」などと自慢する様子を想像すると「それだけはやめてほしい・・・」という気持ちになるので、ジレンマです。

 

いずれにせよ、今のマインドフルネスブームは仏教瞑想のエビデンスをあらゆる事例を通してとろうとしている動きのようなので、仏教に関心を寄せている自分にとっても嬉しいことと感じました。

 

広範囲に渡る発表でしたので、ほんの一部のみのご紹介になってしまいましたが、少しでもこの記事で学会の内容が伝われば幸いです。

 

刺激的な日本マインドフルネス学会、年に1回、大会があるようなので、来年も要チェックです!

 

★日本マインドフルネス学会 ウェブサイト http://mindfulness.jp.net

 

この記事はこちらにもUPしています。

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