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原始仏教ガール’s日記

気づけばすっかり仏教徒。 twitter @music_buddha

【ブックレビュー】無知の壁/お墓と葬儀とジル・ボルト・テイラーさん

仏教

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2011年の5月に開催された日本テーラワーダ仏教協会主催の「ウェーサーカ祭」、そのときの対談イベントが本になって発売されました。スマナサーラ長老、養老孟司さん、釈徹宗さんの3人による対談本です。ウェーサーカ祭には足を運んでおりませんでしたので、本で読めるのはありがたいことです。

 

内容は多岐に渡っていますが、スリランカのお墓・葬儀のお話と、ジル・ボルト・テイラーさん『奇跡の脳』に関するお話が印象的でした。

 

遺骨にこだわらないスリランカの葬儀

本の中盤に出てくるスリランカのお墓と葬儀のお話、スリランカでは「灰になった骨はすべて捨てる、法事はやるけどお墓はない」のだそう。島田裕巳さんの『葬式は、要らない』や『0葬』を思い出しました。先日、浄土真宗のお坊さんが「テーラワーダ仏教が日本でもお墓ビジネスを始めれば、日本仏教の脅威になるかもしれない」と言っていたのですが、長老のこの話を聞くとテーラワーダによるお墓ビジネス、というのはありえなさそうです。

葬式なんかはどうでもよいことで、勝手にすればよい。しかし、人類の見本になる人物が亡くなったら、皆で葬式を行ってその徳を偲ぶほうが人々の役に立つ。そういう考えです。

との長老の発言も合理的でシンプル。

 

『奇跡の脳』に関する仏教的解説

もうひとつは『奇跡の脳』を執筆されたジル・ボルト・テイラーさんのお話。ジル・ボルト・テイラーさんは脳の病気になったときの経験を『奇跡の脳』という本で書かれています。脳の病気になったことで、自分と外界との境界が壊れ、世界と自分が一致し、至福を感じたそうですが、長老曰く、ジル・ボルト・テイラーさんの語る境地は、仏教が語る自他未分の境地とは違うそう。心が成長して自と他の境目がなくなると、至福感を感じるが、それは心の成長の過程のひとつに過ぎない、人に起こる一体感、脳の異常現象によって起こる至福感は仏教から見れば一種の病気、だとのこと。

 

『奇跡の脳』を読んだときのインパクトは相当でしたが、これに関する仏教的解説に触れたのは初めてでした。『奇跡の脳』を読んで感銘を受けていた仏教徒の友だちにも、『無知の壁』を紹介しました。

 

 

今年のウェーサーカ祭の対談が新書になって発売されるのも、楽しみです。