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原始仏教ガール’s日記

気づけばすっかり仏教徒。 twitter @music_buddha

怒りの背後には切なさがあり、願いがある /プラユキ・ナラテボーさんの瞑想会より

ヴィパッサナー セミナー 仏教 瞑想 マインドフルネス 認知行動療法

昨夜はプラユキ・ナラテボーさんの瞑想会に参加してきました。プラユキ・ナラテボーさんはタイのスカトー寺というところお坊さんで、タイで出家されてもう26年になる方です。活動の拠点はタイですが、現在は日本でも講演会や瞑想会を開催されています。*1

 

瞑想会の前半は「愛と無関心」についてのレクチャー、後半は瞑想の実践会でした。

http://blog.goo.ne.jp/yokienn/e/eea96904ccab7a13e723815ef7b0796a

 

慈悲を育てる

「仏教で「愛」は敬遠すべきもの、というイメージがありませんか?」というドキッとする問いかけから始まった今回のレクチャー。幅広いレベルの参加者がいましたが、自分のような仏教初心者もおいてきぼりになることがないように、仏教用語は最小限にお話を進めてくださいました。

 

プラユキさんのお話は、「日本語の「愛」はいろいろな概念を包含する言葉だけれども、仏教では愛を「渇愛」と「慈悲」に分けて考えるのです。渇愛を克服し、智慧を育てて慈悲の心を醸成することが大切です」という内容でした。「ですから仏教でも「愛」は一概に敬遠すべきものではないのですよ」と。プラユキさん自身が、まさに慈悲の心に満ちた笑顔でわたしたちに語りかけてくださるので、「本当にそうですね、そうですね、慈悲は大事です」と心から納得してしまいます。

 

解脱にほど遠い自分は、気が合う人とは一緒にお出かけしたりご飯を食べたりしたいと思い、苦手な人とはできるだけ顔を会わせたくないと思い、どちらでもない人には無関心、となってしまうのが常。頭では「慈悲が大事」と理解できても「執着」か「無関心」に極端に振れてしまう。そのどちらでもない「慈悲」の心で行動するのは本当に難しいと感じます。

 

怒りの背後には切なさがあり、願いがある

レクチャーの後半、プラユキさんが「怒りにとらわれず、慈悲の心を育てるようにしましょう。怒りの背後のは切なさがあり、願いがあるのです。怒っている人には「あなたには、どんな願いがあるのですか?」と聞いてみればよいのです」とおっしゃっていたのですが、それがとても印象に残りました。

 

自分の「怒り」を観察してみても、怒りたくなるのは心配ごとがあるとき。それは裏を返すと自分が「こうしたかったのに」という願いが叶わないときです。そんなときに「なぜ思い通りにならないんだろう」という気持ちが怒りとなって現れます。

 

「あなたには、どんな願いがあるのですか?」と質問することで、他人に対して良質な関心が育つとのこと。自分自身が怒ってしまっているときには、自分に対して「わたしには、どんな願いがあるのでしょうね?」と客観的に問いかけてもよさそうです。そうすると、怒ってしまったときでも、すぐに冷静になれそうです。(その願いが叶うかどうかは別の話ですが・・・)

  

瞑想は手動瞑想、呼吸瞑想、そして歩く瞑想

レクチャーを聞いたあとは、瞑想の実践会でした。瞑想は、タイならではの手動瞑想から始まりました。手動瞑想も呼吸瞑想も歩く瞑想も、タイ式はゆっくりじっくり集中して行うのではなく「パッ、パッ、パッ」と明るく行うのが特徴です。呼吸もふかーく吸ったり吐いたりするのではなく、何もコントロールせずに、いつもの日常的な呼吸をただ観察するだけ。目も明けたまま。

 

今回教えていただいたのは日常生活の延長のような気軽な瞑想法。細かい手法にはこだわらず、いつもの呼吸、いつもの歩行をすっすっと観察するのみ。瞑想の最中に、いろいろな考えごとが起きてきてもよし。考えごとをしている自分に気づいたら、「あ、今わたしは考えごとをしていました」と気づいて呼吸に戻ります。考えごとをしていた自分を「受容する」のがポイントです。瞑想をして考えごとをして、考えごとをしてしまった自分を受容する。その経験を何度も繰り返すことで「受容する」ことを覚え、それが慈悲の心にもつながっていくそうです。瞑想の実践が慈悲の心の醸成に直結しているのですね。

 

最後に

なんといってもプラユキさんの瞑想指導はおおらかで、明るいです。プラムヴィレッジの歩く瞑想にも通じる雰囲気があると思います。(プラムビレッジのかたも瞑想会にいらっしゃっていました) たいへん素敵な瞑想会で、よい時間を過ごすことができました。プラユキさんにも関係の皆さまにも感謝いたします。

 

プラユキさんの瞑想法の詳細は、こちらで読むことができます。

 

この一年、タイ式の瞑想に限らず、初期仏教をベースにした瞑想をマインドフルに実践してきたおかげで、穏やかに過ごす時間が増えました。怒らないほうが自分の気持ちが断然楽ですね。

 

生きとし生けるものが幸せでありますように。

*1:プラユキさんの日本での活動については「よき縁ネット(http://blog.goo.ne.jp/yokienn)」という素敵なサイトで見ることができます。