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原始仏教ガール’s日記

気づけばすっかり仏教徒。 twitter @music_buddha

「頭で意識せずとも身体は仏教」が世界的なトレンド/ネルケ無方さんの『日本人に「宗教」はいらない』

空港の本屋さんでドイツ絡みの本を探していたら、こんな本を見つけました。ネルケ無方さんの「日本人に「宗教」はいらない」です。

 
日本に住む外国人僧侶が書いた本といえば、4/27にサンガから発売になった 日本の未来 (アイデアがあればグローバル化だって怖くない!) もそうですが、日本人が無自覚に行っていることに対して客観的な目線で意味付けをしてくれるところが魅力的。
 
ネルケ無方さんとは?
本の著者であるネルケ無方さんはドイツ生まれのドイツ人。子どものころにキリスト教徒として「隣人愛」の教育を受けたものの、生きていることが苦しくなったときに自分も隣人も愛せなくなり苦悩に陥ったとのこと。そんなときにお釈迦様の「一切皆苦」という言葉に出会い「自分が悩んでいることに答えてくれた人がいた」とピンときたそうです。16歳のときには初めて坐禅を体験し、それをきっかけに日本の仏教に興味を持って大学生のときに来日。その後、理想と現実のはざまに揺れながらも紆余曲折を経て僧侶になり、今は兵庫県の安泰寺(曹洞宗)で住職をされています。
 
ドイツでの仏教の認知度 
そもそもヨーロッパで仏教の認知はどれくらいあるのでしょうか。ネルケさんが育ったドイツでは、仏教の中でも「禅」がもっともポピュラーで、テーラワーダよりも禅がメジャーとのこと。

記述がちょっと古いので、2014年の今はちょっと違っているのかもしれません。

 

ネルケさんが日本仏教に惹かれた理由

ネルケさんが日本の仏教に惹かれたのは思想的にオープンだったからだそう。キリスト教の教えの中で育ったネルケさんが、キリスト教テーラワーダ仏教も閉鎖的であると感じていたり、仏教が時代とともに変化していくことにも肯定的だったりしている点は、興味深く感じました。

  • キリスト教スリランカ仏教には、相手を受け付けない閉鎖的なところがあるが、日本仏教は非常にオープンである。日本仏教が、海外から高い支持を受けている理由は、ここにあるのかもしれない。 
  • テーラワーダ仏教のように2500年前の仏教をそのまま守っていても仕方がないと私は思う。大昔の戒律をそのまま21世紀のいま守っても、何の意味があるのだろう。むしろその時代々々に合わせて、常に変化していくことが仏教ではないのか。
 
注目したい、キリスト教徒にも仏教が浸透し始めている理由
最近読んだ サンガジャパンVol.17(2014Spring) には、こう書かれていました。
 
「西欧諸国で仏教が浸透し始めている理由は、頭ではキリスト教を信仰していても、身体を使って瞑想をしたりヨーガを学んだりすることには抵抗がない人が多い。仏教の宗教性は隔離され、心に通じるもの・身体のリラックス方法として理解されているから」だと。
 
ネルケさんのこの本にも、これとシンクロする記述が。
  • キリスト教の教えでは、体を使うことはほとんどない。もっぱら信仰心が重要だとしている。西洋哲学も頭で考えることをとことん突き詰める。私自身、ドイツにいたころは、頭(脳)だけで思考し、頭が体をコントロールするものだと思っていた。体は脳を活かすための道具に過ぎない。授業中に姿勢が悪くてよく先生に怒られたりしたが、へっちゃらだった。しかし禅と出会い、私の考えは一変した。坐禅をすることで、体ごと私自身なのだと気づかされた。

 

西欧諸国において、頭はキリスト教でも身体は瞑想・禅やヨガを通して仏教を実践している人が多くなりつつあるようですね。日本でもヨガが宗教と切り離され、ストレッチ法のひとつとしてブームになっていることを考えると、西欧諸国でキリスト教の思考を持ちながら瞑想や禅、ヨガが実践されているのはなんら違和感のあるものではありません。

 

一方日本では、頭は無宗教でも掃除や食事の作法などを通して日々の生活で仏教を実践している人が多い、だからこそネルケさんはこの本で『日本人に「宗教」はいらない』という表現をしているのですが、シンプルに言うと現代における仏教は、日本でも世界でも「宗教」としてではなく「身体での実践」として広まり、浸透し始めていると言えるのかなと思いました。

  

まとめ

ストレッチとしてブームになったヨガにもはや怪しいイメージはありませんが、「瞑想」というと日本ではまだまだ抵抗がある人は多いと思います。日本でも今後、瞑想が西欧諸国と同じように宗教と分離した実践として普及していくのか、はたまたそうはならないのか。近年、精神医学や心理学の領域でマインドフルネスやマインドフルネス心理療法がブームになってきていることを考えると、瞑想に対する日本人のとらえかたは、このあと大きな転換を迎えるような気がしています。

 

そんなことを考えながら読み終わった『日本人に「宗教」はいらない』。ドイツには禅のお寺もテーラワーダのお寺もたくさんあるようなので、いくつか訪問してキリスト教社会における仏教のありかたを身体で実感できたらと思っています。