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原始仏教ガール’s日記

気づけばすっかり仏教徒。 twitter @music_buddha

初期仏教と「傾聴ボランティア」の共通点

とりとめのない話 仏教 傾聴

ブログを読んでくださっている方からの情報で「傾聴ボランティア」というものがあることを、最近、知りました。

 

どんなボランティアなのかを知るべく、「新傾聴ボランティアのすすめ」という本を購入。

 

傾聴ボランティアとは?

傾聴ボランティアとは、いったいどのようなボランティアなのでしょうか。

  • 傾聴ボランティアは、相手のお話を「傾聴」するボランティアのことです。
  • 傾聴ボランティアは、様々な相手の方の様々なお話を聞きます。
  • 傾聴ボランティアはひたすら相手のお話を聴きます。
  • 話を聴きながら、ときどき、困っているそのことについて何とかして解決の手を差し延べてあげたいと思うことがあります。そうしたことは、「傾聴」という活動の範囲を超えてしまいます。
  • 傾聴ボランティアは、「解決してあげる人」ではありません。あなた自身がよかれと思う解決策をすぐに提示するのではなく、傾聴活動の中では、むしろ、お話を聴くことを通して、相手の方自身が真に何を求めているのかを自ら知ることが大切だと私たちは考えています。

 

人の話を聴くボランティア。聴くときは、決して自分の価値観で判断することせず、話し手のことをあるがままに受け止めるボランティア、ということのようですね。

 

現在このボランティアは、元気がよくて誰かのために役に立ちたいと思っている高齢者が、お話相手が欲しいと思っている孤独な高齢者、あるいは仲間が欲しいと思っている高齢者と話す、という「高齢者同士」で行われていることが多い活動だそうです。*1

 

傾聴ボランティアと初期仏教の共通点

傾聴には、初期仏教の教えに通じるところがいくつもありました。

 

  • 往々にして、傾聴ボランティアとして相手の話を聴く場合、自分は聴くことによって相手に何かをしてあげている、サービスを提供してあげていると考える人がいますが、「〜してあげている」と思うこと自体が、する側・される側という上下関係を生み出していることに注意したいものです。上下関係の中に人としてよい関係はありません。対等であることが大切です。学歴の違いや、貧富の差や、どのような職業に就いていたかとか、社会的な地位の有無ということも関係ありません。無差別的に人を見、人を容認する態度が必要です。

 

「無差別的に人を見、人を容認する態度」は、「生きとし生けるものが幸せでありますように」と願う慈悲の心を持つことと共通しています。

 

また仏教で五戒を守っている人が陥りがちな、「わたしは五戒を守っているが、あの人は守っていない、と判断したがり、自分が他人より優れているという優越感を抱くが、この優越感は差別意識であって傲慢で、心の汚れである」との戒めともよく似ていると思いました。

 

  • 傾聴するときには、相手の話を否定せずに、受け止めて聴きます。すなわち、多様な価値観や意見に気付かされるということです。普通の日常の会話の中では、人は自分とは違う意見や価値観を認めることはなかなか難しいものです。
  • 傾聴においては、基本的に、相手の立場を尊重するという姿勢が求められますが、このことを更に敷衍して言えば、人は皆、いかにその社会的な境遇や生い立ちが異なっていようとも、「生き、そして死ぬ者」としての価値、すなわち存在の価値においては等価値であるとの気づきも大きな意味があるのではないでしょうか。

 

人間は、何か情報を得た瞬間に、ものすごいスピードで自分の価値観に基づく判断(好き、嫌い、どちらでもない)を下しますが、「人と話すことを通じて、そのことに気付きましょう」ということ、これはまさに傾聴を通したヴィパッサナーの実践だと思いました。

 

最後に、これは仏教とは直接関係ないのですが、覚えておきたいポイントなのでメモ。

  • 認知症になってもすべてのことを忘れたわけではなく、また、できることもたくさんあります。認知症の方々は、一旦発症すると、その認知症としての特徴の部分のみに目を向けられ、まだ人として持っている多くの側面に目を向けられることは少なくなります。
  • 相手が認知症の方であれ、あるいは何か他の障害を持ったかたであれ、丁寧に、真摯に、その人に関わるというのが「傾聴」であると、協会としては考えています。相手の方を、一人の存在として認めながら、また、大切な存在だと思いながら関わることが「傾聴」です。 

 

認知症になると、訪ねてきた自分の子どものが誰かわからなくなったり、孫を見ても「あなたはだれですか?」と尋ねたり、ということがよくありまます。しかし「あなたはだれですか?」という日本語の文法はきちんと使えているのですよね。

 

「わたしはいつここから出られるのか」「早く家に帰りたい」「ごはんを食べたい」などと繰り返す人も、完全に正しい日本語を使っているのです。このことは、中島義道さんの本*2に書いてあって「はっ」と思ったことですが、この本にある「認知症になってもすべてのことを忘れたわけではなく、また、できることもたくさんあります。」というのはまさにそうだなと思いました。

 

まとめ

この本を読んで、傾聴ボランティアが何かということから、どんな姿勢で実際にボランティアを行えばいいのかまで、いろいろ知ることができました。本の後半には各地で傾聴ボランティアの活動を実践している方のQ&Aのコーナーもあり、リアルな実践の様子も垣間みることができました。

 

この本は2009年発行の本なのですが、WEBで検索してみたところ、近年は各地での活動がたいへん盛んになってきているようです。今後ますます伸びていきそうな活動だと感じます。

 

傾聴ボランティアは一定のスキルが必要だそうですので、もしご興味がある場合は、各地区で開催されている傾聴ボランティアになるための講習会にまずは出てみるのがオススメだとのこと。わたしも来年度の講習会にいちど出てみたいと思っています。

  

*参考*

NPO法人ホールファミリーケア協会

http://www5d.biglobe.ne.jp/~AWFC/

 

*1:この本は、2009年発行の本ですので、5年たった現在は少し状況も異なっているかもしれません。

*2:残念ながらどの本か忘れてしまいました…。