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原始仏教ガール’s日記

気づけばすっかり仏教徒。 twitter @music_buddha

プラユキ・ナラテボーさんの瞑想会に出て、サンガジャパンvol.11に帰る

新宿朝日カルチャー、プラユキさんの講座の続編です。*1*2

新宿朝日カルチャーで、プラユキ・ナラテボーさんの講座を受講しました。「気づきの瞑想」という講座で、全2回。1回目が理論編、2回目が実践編。プラユキさんはタイのお寺で修行をされているお坊さんです。

 

タイ流の瞑想、3種類

実践編では、3種類の瞑想を実践しました。

 

①呼吸の瞑想

タイ語では「ブッダ」のことを「プットー」と発音するそうです。「プッ」と心の中で言いながら息を吸い、「トー」と言いながら息を吐き出します。「プッ」も「トー」も声には出しません。頭の中で呪文のように唱えながら、呼吸に集中して、心を落ち着けます。これが1つめの瞑想。

 

②手動(しゅどう)瞑想

2つめは手動瞑想です。まず座布団の上に軽く座ります。あぐらでも正座でもなんでもOK。そして膝の上に左右の手を置きます。そのポジションから動作スタート。最初に膝の上にある右手を、右手を膝の上で立てます。次に上にあげ、その後お腹へ。左手も同じように膝の上で立て、上にあげ、その後お腹へ。次に右手をお腹から胸に移動。次に胸から右に移動、その後膝の上に立てて、最後に元のポジションに。左手も同様です。右手左手それぞれ7段階の動きがあります。これを繰り返します。(文章だとわかりづらいですね・・・)

 

 ③歩行瞑想

3つめの瞑想は歩行瞑想です。「今歩いている」ということを意識して、静かに歩きます。

 

タイ式瞑想の4つの特徴

プラユキさんの教えてくださる瞑想には、4つの特徴がありました。

 

①「目を開けたまま」行う

目を閉じたほうが手の動きに集中することはできます。しかし「目を閉じていなければ集中できない、気付けない」ということになってしまうと「普段の生活に瞑想体験がいきてこない」ため、あえて「目を開けたまま、今ここにある手の場所に気付く」やり方をとっているそうです。

 

②「動作がスローモーションではない」こと

スマナサーラ長老の瞑想指導では「なんでも急いでやりたがる原始脳をおさえるために」あえてスローモーションで動きましたし、地橋先生のグリーンヒル瞑想指導では「微細な感覚に気付くために」かなりのスローモーションで動いていました。それに比べて、タイ式の瞑想は、通常とさほどかわらないぐらいの速度で行います。1つの動きにかける時間は1秒ぐらいで、手動瞑想も歩行瞑想も、「パッ、パッ、パッ」と小気味よくリズミカルに行う感じでした。1つの動作を「パッ」と明るい気楽なイメージでやるのがコツだそうです。

 

③「言葉によるラベリングをしない」こと

手動瞑想でも歩行瞑想でも、言語化することなく体の動きを認識します。簡単なようで意外と難しく、自分でやってみると、どうしても言葉にしたくなってします。特に手動瞑想は今回初めてやったので、次の動作を間違えないように「膝の上、上げる、戻す、胸・・・」と、いつの間にか唱えながらやっていました。このように言葉にするのは、本来のやりかたではないそうです。

 

④「どんな感情も受け入れる」こと

感情が出てきたときの対処の仕方も、ほかのテーラワーダ系の瞑想とは違っていました。瞑想をしていると「おなかすいたな。帰りにおいしいラーメンでも食べて帰ろうかな」とか、「今日は会議で上司と揉めたから明日はどうしようかな」とか、未来の希望や過去の後悔などが自然と湧いて出てきますが、タイ式では、そういった感情が出てくることも「それでOK!」なのだそうです。

 

スマナサーラ長老の瞑想指導ですと「そのような感情が出てきたときは『妄想妄想妄想』と3回言って元に戻りましょう」という教えですが、プラユキさんの瞑想指導では「妄想」とは決してラベリングせず「どんな感情が出て来てもOK。そこまで含めて瞑想なのです」ということでした。

 

ティクナットハンの瞑想のほうに近いのかな

地橋先生のグリーンヒル瞑想はかなり厳密で、スマナサーラ長老の瞑想指導もわりと厳しめ。それに比べてプラユキさんの瞑想は本人曰く「オープンハート系」。ティクナットハンの瞑想に近いような印象を受けました。 

 

というわけで、サンガジャパンvol.11を読み返す

今回のタイ式も含め、いろいろな瞑想指導を受けてみると同じテーラワーダ系でも瞑想のやりかたは様々。いったいどれが「ブッダの瞑想法」なのだろうかと疑問に思えてきたので、「瞑想」を特集していたサンガジャパン Vol.11(2012Autumn) を本棚から引っ張り出し、読み返しました。

 

謎が解けた 

P.73からのプラユキさんの記事を見ると、いろいろな疑問が解けました。

まず今回教えてもらった手動瞑想と歩行瞑想は、ブッダの時代からの伝統的な瞑想ではなく、新しいものであるということでした。

今回やった三種類は、タイで行われているサマタ瞑想と、ブッダの時代から行じられている伝統的なヴィパッサナー瞑想としてのアーナパーナサティ瞑想。そしてわたしのお寺ほか、約150か寺で行われている、新機軸の瞑想である手動瞑想と歩行瞑想です。三つめは、新しくあみだされた瞑想ですが、うつなど、個々との苦しみをかかえた方に非常に即効的な効果がある瞑想として、最近ポピュラーになりつつあります。

 

なぜラベリングしないのか、についてはこのようにおっしゃっています。

言葉には双方向的な性質があり、ネガティブなニュアンスを持つ言葉を発するや、それに応じてネガティブなイメージも心に生じてきます。(中略)自然に浮かんでくる思考を、「妄想」というような、すでに前提として否定的な意味合いを帯びているラベルで一括りにしてしまうことには特に注意が必要かもしれません。なぜなら(中略)感情や思考を否定する姿勢を生じさせて、自身を非難したり、世間に対して否定的・厭世的になたり、あるいは抑圧によって投影化した自身の距離感や怒りに責め苛まれるということにもなりかねないからです。 もちろんすべての人が言葉の威力に圧倒されてしまうわけではありません。その分かれ目は、言葉との距離感がどれだけとれているか、あるいは言葉をツールとして使いこなせるかどうかというところにあるように思います。

 

ほかにも勉強になる記事がいろいろ。再び読んで、特にオススメだと思ったのがこの2つ。

 現代社会と瞑想 仏教と心理学の出会いへ向けて」

(宗教情報センター研究員 葛西賢太さん)

テーラワーダ仏教瞑想ブックガイド」

著述家・翻訳家 星飛雄馬さん) 

 

「いろいろな瞑想があっていったい何がどうなってるんだー」という疑問が氷解します。買ったときも記事は読んだのですが、自分が瞑想を実際にやってみてから読み返すと、より理解が深まった気がしました。

 

瞑想に興味があるかたは「サンガジャパンvol.11」をぜひどうぞ。

 

*1:「衣食住編」http://musicbuddha.hatenadiary.jp/entry/2013/12/04/222805

*2:1回目「お勉強編」http://musicbuddha.hatenadiary.jp/entry/2013/12/06/233908